ヒルネクロコップの日記

ペルーに2年ほど住んでいたスペイン語学習者です。 読書や旅行の記録、ラテンアメリカのニュースについて書いていきたいと思います。2023年秋からメキシコに来ました。

今年読んで面白かったラテンアメリカ関係の本12冊(後半)

今年読んで面白かった本の中で、ラテンアメリカをテーマとした本の感想を一言ずつ書いてます。

 

1. 『マラス』工藤律子著

2. 『熱狂と幻想  コロンビア和平の深層』田村剛著

3. 『神秘の幻覚植物体験記』フリオ・アシタカ著

4. 『中南米野球はなぜ強いのか』中島大輔著

5. 『アマゾンの料理人』太田哲雄著

6. 『ラテンアメリカ五○○年』清水透著

7. 『都会と犬ども』マリオ・バルガス・リョサ

8. 『深い川』ホセ・マリア・アルゲダス著

9. 『アンデスの祭り』すずきともこ

10. 『旅立つ理由』旦敬介著

11. 『フジモリ元大統領に裁きを』フジモリ氏に裁きを!日本ネットワーク著

12. 『ラテンアメリカをテーマに起業するというリアル』金安顕一著

 

前回紹介した前半の6冊はこちらからどうぞ。

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今回は後半の6冊について書きたいと思います。

 

7. マリオ・バルガス・リョサ著/杉山晃訳『都会と犬ども』(新潮社/1987)

2010年にノーベル文学賞を受賞したリョサ出世作

ペルーの軍人養成学校を舞台として、生徒同士の残酷な暴力の世界、教官を巻き込んだ不条理な事件などが、語り手がどんどん入れ替わりながら語られていく。

淡々と物語が進むのかと思いきや、最後の4分の1くらいでストーリーにぐいぐい引き込まれ、ラストはびっくりする仕掛けが用意されていた。

本を興奮して読み終えるのは久々の体験。傑作。

この作品は発表後(1963年)すぐさまスペイン語圏で熱狂を巻き起こして、瞬く間に増刷、15ヶ国語に翻訳されたらしい。

それまで慎ましく暮らしていたリョサは一躍ラテンアメリカ文学の旗手となったそうな。

都会と犬ども

都会と犬ども

 

 

8. ホセ・マリア・アルゲダス著/杉山晃訳『深い川』(現代企画室/1993)

100年ほど前のアンデス山中の学校が舞台の文学作品。

いじめ、レイプ、決闘、暴動、疫病、神父の腐敗、などの暗い事件と、それに向き合う少年の独特のインディオ的精神世界が描かれる。

一昔前のペルーの現実に連れていかれる感じ。

著者のアルゲダスは白人の両親のもとに生れながら、ケチュア語を話すインディオたちのもとで育ったという独特の出自で、彼だからこそ書けたという小説。

深い川 (ラテンアメリカ文学選集 8)

 

9. すずきともこ著『アンデスの祭り』(千早書房/2008)

近所の図書館で見つけてつい手に取ってしまった。

アンデスを中心に、ペルーの21の祭りが写真とともに紹介されている楽しい本。

文章もうまくて、アンデスの村々の文化の豊饒さが実感できる。

こういう祭りがコロナで無くならないといいのだが…。

アンデスの祭り

アンデスの祭り

 

 

10. 旦敬介著『旅立つ理由』(岩波書店/2013)

中南米とアフリカを舞台にした21の小さな物語からなる不思議な本。

エッセイなのか小説なのか、相互の物語がどう関係しているのか、はじめはよくわからなかったが、読み進めると全体がゆるやかにつながってきて、最後には「読み終わりたくない!」と感じていた。

メキシコで誇りをもってハンモックを作る人だったり、ブラジルの道端でカポエイラの演武で小銭を稼ぐ人だったり、ああ自分が知らない場所ではこういう暮らしがあるんだと。

職場の後輩から猛烈におすすめされて読んだが、ほんとに素敵な本だった。

旅立つ理由

旅立つ理由

  • 作者:旦 敬介
  • 発売日: 2013/03/23
  • メディア: 単行本
 

 

11. フジモリ氏に裁きを!日本ネットワーク著『フジモリ元大統領に裁きを -ペルーにおける虐殺被害者に正義を-』(現代人文社/2004)

タイトルは過激だが、内容はいたってまとも。

ペルー現代史の研究者や弁護士などが、フジモリ大統領が犯した数々の人道犯罪(軍による無差別殺人、強制避妊手術など)をコンパクトに教えてくれる。

この本が書かれたのはフジモリがペルーを抜け出して日本に亡命しているときで(日本政府がペルーからの引き渡し要求を拒んでいた)、結局このあとフジモリはペルーに戻り懲役25年の有罪判決を受け収監されることになる。

日本ではこうした事実があまり知られず肯定的評価が多いフジモリ大統領だが、この本を読めば「独裁者」や「犯罪者」としての側面がよく見えてくる。

 

12. 金安顕一著『ラテンアメリカをテーマに起業するというリアル』(中南米マガジン/2017)

バー、雑貨店、旅行代理店、ダンス講師などなど、ラテンアメリカをテーマにで日本で起業した22人の声を集めた本。

いろんな人生があって楽しく読める。

著者ははじめ「こうすれば儲かる!」という起業指南書を作るつもりだったが、意外とみんな儲かっておらず、素直にありのままを書くことにしたらしい。

それでもみんな自分のやりたいことを追いかけていて、著者が書いている通り「新しいことをしたい、人生を変えたいと望む人たちにとって、それが可能ではないかと思わせる魅力に満ちた大地」がラテンアメリカなのだと思えてくる。

ラテンアメリカが好きな日本人の3分類」など著者の独特の分析もあって面白い一冊だった。

ラテンアメリカをテーマに起業するというリアル

ラテンアメリカをテーマに起業するというリアル

  • 作者:金安顕一
  • 発売日: 2017/07/10
  • メディア: 単行本
 

 

 

今年読んで面白かったラテンアメリカ関係の本12冊(前半)

今年読んで面白かった本の中で、ラテンアメリカをテーマとした本の感想を一言ずつ書いてみようかと思う。

 

取り上げるのは以下の12冊。

少し長くなりそうなので、今回は最初の6冊、次の記事で残りの6冊を紹介します。

(順番に特に意味はありません)

 

1. 『マラス』工藤律子著

2. 『熱狂と幻想  コロンビア和平の深層』田村剛著

3. 『神秘の幻覚植物体験記』フリオ・アシタカ著

4. 『中南米野球はなぜ強いのか』中島大輔著

5. 『アマゾンの料理人』太田哲雄著

6. 『ラテンアメリカ五○○年』清水透著

7. 『都会と犬ども』マリオ・バルガス・リョサ

8. 『深い川』ホセ・マリア・アルゲダス著

9. 『アンデスの祭り』すずきともこ

10. 『旅立つ理由』旦敬介著

11. 『フジモリ元大統領に裁きを』フジモリ氏に裁きを!日本ネットワーク著

12. 『ラテンアメリカをテーマに起業するというリアル』金安顕一著

 

1. 工藤律子著『マラス -暴力に支配される少年たち-』(集英社文庫/2018)

今年も中米からアメリカを目指す移民たちのニュースを見たが、なぜそんなに大勢の人たちが国外に出なければならないのか。

そんな疑問を、ホンジュラスの「マラス」というギャング団の抗争をもとに解き明かしてくれるルポルタージュ

もともとマラスがアメリカ・カリフォルニア州の中米移民たちの中で生まれ、ホンジュラスに輸出されたという歴史も面白い。

マラス 暴力に支配される少年たち (集英社文庫)

マラス 暴力に支配される少年たち (集英社文庫)

  • 作者:工藤 律子
  • 発売日: 2018/11/20
  • メディア: 文庫
 

 

2. 田村剛著『熱狂と幻想  コロンビア和平の深層』(朝日新聞出版/2019)

50年にわたって続いたコロンビア内戦についての非常にわかりやすくて読みやすい概説書。

電撃的な和平合意 → 国民投票でまさかの和平案否決 → ノーベル平和賞受賞 → 再度の和平合意という流れはドラマチックだ。

構図的には、政府 vs FARC(左派武装組織)という2者だけでなく、「パラミリターレス」という右派武装組織が大きなファクターとなっていることがよくわかる。

またFARCの野営地も丹念に取材していて、ゲリラ戦でどのように戦うのか、森の中でどのように暮らすのかがわかって面白い。

熱狂と幻滅 コロンビア和平の深層

熱狂と幻滅 コロンビア和平の深層

  • 作者:田村 剛
  • 発売日: 2019/06/20
  • メディア: 単行本
 

 

3. フリオ・アシタカ著『神秘の幻覚植物体験記 〜中南米サイケデリック紀行〜』(彩図社/2019)

著者が体験したのは、マジックマッシュルーム(メキシコ)、ペヨーテ(メキシコ)、アヤワスカ(ペルー)、サンペドロ(ペルー)、パチャママの儀式(ボリビア)。

優れた旅行記でどのエピソードも面白かった。

儀式の途中でシャーマンが居眠りしてしまうところなど、いかにもラテンアメリカらしい。

ペルーに戻ったらアヤワスカは是非体験してみたいところ。

 

4. 中島大輔著『中南米野球はなぜ強いのか -ドミニカ、キュラソーキューバベネズエラMLB、そして日本-』(亜紀書房/2017年)

面白かったのは、バレンティンをはじめとするオランダ勢は、半数ほどがカリブ海の島「オランダ領キュラソー」の出身であること、ラミレスやペタジーニなどのベネズエラ勢は教育レベルが高く、野球スタイルも日本に似ていること、などなど。

結局タイトルの「なぜ強いのか」はよくわからなかったが、これまで「カリブ海出身」とひとまとめに認識していた選手たちを、国ごとの特色を意識して見れるようになった。

 

5. 太田哲雄著『アマゾンの料理人 -世界一の“美味しい”を探して僕が行き着いた場所』(講談社文庫/2020)

イタリア、スペイン、ペルーのレストランで修行を積んできた著者の冒険記のような本。

有名シェフや修行中の料理人たちとの濃密な交流の様子や、アマゾンでの過酷なホームステイの記録など、ぐいぐい読めて楽しいエッセイだ。

あまり深く考えずに、どんなところにも飛び込んでいってしまう著者の勇気はただただすごい。

個人的には、 ペルーにいるときに食べた美味しい料理の数々が思い出されて懐かしい気持ちに。

(ペルー料理を研究している友人も登場してちょっとびっくり。笑)

 

6. 清水透著『ラテンアメリカ五○○年  -歴史のトルソー-』(岩波現代文庫/2017)

普通の世界史の本とは違い、インディオの側からラテンアメリカの歴史を見る本。

この500年、支配者はいろいろ変われど、先住民系の人々はずっと過酷な環境に置かれてきたことがよくわかる。

この本を読むと、「近代」とは差別を推し進めて固定化する(そしてそれを見えないようにする)間違ったプロジェクトだったのではないかと思えてくる。

これまで断片的に学んできた知識を大きな流れでまとめてくれる「ラテンアメリカの教科書」のような本。

こういう本と出会いたかった。読んで損はない良書。

 

 次回に続きます!

 

ペルーはなぜ大統領がコロコロ変わるのか <ペルー政変2020 ③>

前にも書いた通り、11月はペルーにとって激動の月だった。

わずか1週間で2回も大統領が交代。

抗議デモによって大勢が負傷し、2人が亡くなった。

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ペルーでは2018年にも大統領が汚職によって罷免されていて、いまのサガスティ大統領は3年間で4人目の大統領だ。

ペルー人の間では「犯罪者をひとり裁くより、大統領を罷免する方が簡単だ」と言われているらしい。

 

なぜこんなに政治が不安定で、大統領がコロコロ変わるのか。

いくつか分析した記事を読んだので、主な要因をメモしておきたいと思う。

Renuncia Manuel Merino: 4 claves que explican por qué han caído tantos presidentes en Perú - BBC News Mundo

Francisco Sagasti: 3 cambios que pueden ayudar a resolver la crisis política en Perú (más allá del nombramiento de un nuevo presidente) - BBC News Mundo

 

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罷免されたビスカラ大統領(引用元:BBC News Mundo

 

1 制度的なパワーバランスが「議会>大統領」

ペルーはラテンアメリカの中では少数派の一院制の国だ。

(1992年にフジモリ大統領が強権的に二院制の議会を廃止し、翌年に一院制の議会を制定。)

そして大統領制ではあるが、大統領による専制を防ぐために少しずつ議会の権限を大きくしてきたらしい。

 

そのため、議会が大統領や閣僚に対して不信任案を出して可決されれば、わずか一度の投票で罷免できてしまう制度となっている。

(全体の20%の議員の発議で不信任案提出 →40%の議員の承認で投票実施 →60%の議員の賛成で罷免)

 

また、憲法にも問題があって、「道徳的な無能さ(incapacidad moral)」という曖昧な理由によって罷免ができてしまう。

今回のビスカラ大統領の場合、州知事時代に受け取った賄賂を追求されたわけだが、はっきりとした証拠もなく訴追されているわけでもないのに、“道徳的にすぐれていない” として罷免された。

「道徳的無能」が何なのか定義があるわけではなく、今回のように恣意的に運用されてしまう危険を常に持っている。

 

2 腐敗した政治風土

ペルーの政治家を揶揄したスラングで「Vientre de alquiler」という言葉があるらしい。

(vientre=お腹、de alquiler=レンタル)

直訳すると「レンタルお腹」「腹貸します」みたいな感じか。

「お金や権力を提供してくれさえすれば、簡単に他の政党に移りますよ。イデオロギーや政策、政治信条は気にしません」という議員たちの気質を表現したものだそうだ。

 

こちらは、記事に出てくる政治学者の言葉。

”この政策を掲げているから”と思ってある議員候補に投票します。

でも後で確かめたら全然違う立場になっていることに気付きます。

それがここペルーなのです。

議会は極端にたるんでいて、腐敗と癒着の温床になっています。

腹黒く、腹が据わっていない(信念がない)のがペルーの政治家なのだ。

 

実際、いまの国会議員130人のうち、半数以上の68人が汚職容疑で捜査の対象になっている。

ビスカラ大統領は汚職撲滅を掲げて国民の大きな支持を得ていたので、それを煙たがった議員たちが罷免に賛同したと言われている。

今後も大統領が汚職撲滅を目指せば、利権に絡んだ議員たちによって罷免されるというのは十分起こりうる。

 

3 バラバラな政党

上に書いたように、ペルーの長年の政治文化として、自分の目先の利益だけを求めて行動する議員が多い。

そのため、政策や政治信条でまとまりを維持するのが難しく、大きな政党が育ってこなかった。

 

特に今年行われた議会選では、定員130の議席を求めて、21の政党が候補者を出す少数乱立状態になった。

結局9つの政党が当選者を出したが、一番大きな政党でも25議席しか持っていない。

 

ビスカラ大統領は自らの政党を持っていなかったし、いまのサガスティ大統領の政党もわずか9議席だ。

例えば日本の自民党のような大きい政党の後ろ盾がないと、どうしても政権基盤は弱くなり、そのときの風向き次第で罷免決議が行われやすくなってしまう。

 

まとめ

以上の3つの理由を書いてみたが、制度面でも、政治風土的な面でも、なかなか問題が根深く、一朝一夕には解決しそうにない。。

責任内閣制の日本とは違って、大統領と議会が対立するのは見ていてスリリングではあるのだが、そのぶんコロナ対策とか経済再建とかは後回しになっていってしまう。

2021年4月の大統領選でも波乱がありそうな雰囲気はあるので、勉強を続けて注目しておきたい。

 

こちらの動画もわかりやすくまとまっています。


¿Por qué han caído tantos presidentes en Perú? | BBC Mundo

 

「カナルタ ‐螺旋状の夢‐ 」(エクアドル) 最近見たラテンアメリカの映画 ④

最近、ラテンアメリカを舞台にした映画を4本見た。

先に書いた3作の感想はこちらからどうぞ。

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4本目は、エクアドルのアマゾン熱帯雨林に暮らす人々の生活を記録した文化人類学的ドキュメンタリーだ。

「カナルタ ‐螺旋状の夢‐ 」(監督:太田光海/2020年)

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セバスティアンパストーラは、エクアドル南部アマゾン熱帯雨林に住むシュアール族。かつて首狩り族として恐れられたシュアール族は、スペインによる植民地化後も武力征服されたことがない民族として知られる。口噛み酒を飲み交わしながら日々森に分け入り、生活の糧を得る一方で、彼らはアヤワスカをはじめとする覚醒植物がもたらす「ヴィジョン」や、自ら発見した薬草によって、柔軟に世界を把握していく。変化し続ける森との関係の中で、自己の存在を新たに紡ぎだしながら。しかし、ある日彼らに試練が訪れる...。映像人類学の世界的拠点、英国マンチェスター大学出身の気鋭監督が放つ渾身作が、特異な表現で新境地を切り開く。

カナルタ―螺旋状の夢―|東京ドキュメンタリー映画祭2020

 

人を惹きつけるシャーマン・セバスティアン

映画は基本的には、シュアール族のシャーマンであるセバスティアンの行動を追ったものなのだが、彼の人柄がすごく魅力的で、見ていて飽きない。

年齢は50歳くらい。シャーマンとして村の人たちの病気を治す役割を担っていて、とにかく好奇心旺盛。常に新たな治療法を探している。

たとえば、アリの巣の中に手を突っ込んで、手にアリの大群をうじゃうじゃ群がらせて「こうやって手の痺れを取るんだ。うん、手の調子が良くなってきた」などど平然と実演してみるシーンはけっこうインパクトがある。

 

さらにこのセバスティアン、話好きで、茶目っ気がある。

村のリーダー的存在のはずなのだが、どこか「いじられキャラ」っぽい面があり、監督も彼を心の中で「イジって」撮っている感じすら漂う。

 

一番印象的だったのは、セバスティアンアヤワスカの儀式を行う場面だ。

アヤワスカとは、アマゾンで広く使われている強い幻覚作用を持った植物で、煮出して飲料にして「ビジョン」を見る儀式に使われる。

夜、セバスティアンは暗い中ひとりでアヤワスカを飲むのだが、吐き気をもよおしてひたすらゲロゲロと吐いてしまう。

「俺は強きシュアール族の○○の息子!なんのこれしき!がんばれセバスティアン!」などと自分を鼓舞するが、それでも吐いてしまう。

儀式に慣れているはずのシャーマンが、ビジョンを見るどころかちょっと情けない姿を晒すのを見て、こちらも戸惑いながら応援したくなってしまう。

 

また、映画の後半に一つの事件が起きる。

セバスティアンはいつも森に入るときにマチェーテと呼ばれる大きな山刀で草を切りながら進んでいくのだが、どうやら不注意で自分の背中を深く切ってしまったらしい。

うつ伏せに寝てうなるセバスティアンと、狼狽する家族。

けっこう緊張感のある場面のはずなのだが、なんというか、ドジである。

結局、西洋医学を学んだ息子に手術してもらって事なきを得るのだが、家で療養している最中も「あの薬草を調合してくれ」とか「自分の体で効果があったら、村の人も信用して治療を受けてくれるだろう」と前向きなので、また応援したくなってしまう。

 

映画を通して、アマゾンを舞台にしたドキュメンタリーによくあるような、おどろおどろしい感じとか神秘的な感じはなく、なぜかコメディを見終わったような読後感だった。

 

口噛み酒

シュアール族の生活の中で面白かったのは「口噛み酒」だ。

君の名は。」で聞き覚えのある酒だが、この村では米ではなくユカ(キャッサバ)で作る。

女性たちがこのお酒を作る担当のようで、セバスティアンの妻が、ユカを口で噛み砕いては「プー!プー!」と勢いよく鍋に吐き出してかき混ぜていく。

そしてそれを煮込む。ただそれだけだ。

作り方もインパクトがあるが、唾液だけで本当に酒ができるという事実も面白い。

この部族では、重労働の作業中にこの口噛み酒を「うまいうまい」とみんなで回し飲みしていた。

きっとパワーの源なんだろう。

 

言語について

映画の中の言語だが、セバスティアンたちが仲間同士で話すときは現地語、監督に向かって何かを説明してくれるときはスペイン語だった(監督もスペイン語で話しかけていた)。

監督は13ヶ月にわたり村で生活したそうだが、ネイティブのスピードの現地語を理解するに至るのはかなり難しいと想像される。

映画を作るにあたっては、シュアール族の人に映像を見てもらって会話をスペイン語訳してもらい、それを監督が日本語訳したのだと思うが、 なかなか大変な作業だったと思う。

 

おすすめの映画・本

この映画とは直接関係ないですが、アマゾンの先住民をテーマにしたものでは、

・映画「彷徨える河」

Netflixドラマ「グリーン・フロンティア」

が面白くておすすめです。

どちらもコロンビアの先住民の役者さんが出てきます。

 

小説だと、キューバの作家・カルペンティエールの『失われた足跡』が圧倒的でした。

こちらはベネズエラオリノコ川流域の熱帯雨林が舞台です。

彷徨える河 [DVD]

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  • 発売日: 2017/08/02
  • メディア: DVD
 


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https://www.netflix.com/jp/title/80205594

 

失われた足跡 (岩波文庫)

失われた足跡 (岩波文庫)

 

 

「十字架」(チリ) 最近見たラテンアメリカの映画 ③

最近、ラテンアメリカの政治・社会をテーマにした映画を4本見た。

ベネズエラのドキュメンタリー「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ」と、アメリカ・メキシコ国境の実情を描いた「息子の面影」の感想はこちらからどうぞ。

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3つめは、チリのピノチェト将軍によるクーデター(1973年)のどさくさにまぎれて起こった、軍による19人の殺人事件を扱ったドキュメンタリーだった。

「十字架」(監督:テレサ・アレドンド、カルロス・バスケス・メンデス/2018年)

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K'sシネマ新宿の「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー山形in東京」にて。

内容はこんな感じ。

チリ南部の小さな町で起きた製紙会社組合員大量殺人事件。軍事クーデターから数日後の1973年9月、19人の工場労働者が警察に連行され、6年後、遺体となって発見された。解決に至らない事件はそのまま闇に葬られるかに見えたが、40年後、事件への関与を否定していた警察官のひとりがその証言を覆した時、製紙会社側と独裁政権の思惑が明らかになる。いまだ「死」がそこかしこに漂う閑静な町の姿と、殺害現場に立てられた夥しい数の十字架が声にならない叫びを上げ、国家が手引きした虐殺の歴史を告発する。

YIDFF: 2019: インターナショナル・コンペティション

 

これだけ読むとすごく面白そうな映画なのだが、実際には、事件の起こった町の風景の映像に、裁判での証言の声が淡々と重ねられる構成で、見るのにかなりの集中力を要した。

証言者の顔を映さないという工夫なのかもしれないが、 インタビューはやはり顔が見えてはじめて感情移入できると逆に気付かされた。

ピノチェト時代の拷問・虐殺にかなり関心を持っている人じゃないと最後まで集中して見るのは難しいんじゃないかな。

 

それに比べると、以前に見たパトリシオ・グスマン監督の「光のノスタルジア」と「真珠のボタン」はピノチェト時代を扱った映画として、すごく惹かれた。

いまもアマゾンのPrime Videoで見られるのでおすすめです。

光のノスタルジア

光のノスタルジア

  • メディア: Prime Video
 

 

真珠のボタン

真珠のボタン

  • メディア: Prime Video
 

 

エクアドル先住民のシャーマンの行動を記録した文化人類学的ドキュメンタリー「カナルタ-螺旋状の夢-」の感想はこちら。

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「息子の面影」(メキシコ) 最近見たラテンアメリカの映画 ②

最近見たラテンアメリカを舞台にした映画4本。

先に書いた「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ」の感想はこちらからどうぞ。

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そして、2本目のメキシコ映画は傑作だった。

 「息子の面影」(監督:フェルナンダ・バラデス/2020年)(※ネタバレあり)

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アメリカに入国するために、家族に秘密で国境に旅立っていった一人のメキシコ人の男の子。

彼がまだ生きていると信じて、手がかりを求めて国境まで旅する母親。

母親は旅の途中で、アメリカから追い出され地元へ帰ろうとする青年と出会う。

息子に似たその青年と意気投合し、国境付近を一緒に行動するようになるが、ある晩、二人は武装した麻薬カルテルの一味に襲われる。

カルテルは残酷にも青年を殺し、母親にも銃を向ける。

だが、顔を見るとそのカルテルの殺し屋は、探していた息子だった…。

 

ストーリー展開が巧みで、結末が衝撃的。

見入ってしまう映画だった。

 

メキシコや中米の国々から、仕事と身の安全を求めてアメリカへ向かう若者は多くいる。

そしてアメリカ・メキシコ国境付近は極めて治安が悪く、多くの人が殺されている。

そういうことを知識として知ってはいたが、映画を見てはじめて「こんなに命がけなのか」とリアルに感じられた。

 

なぜ家出した息子がカルテルの殺し屋になったのか、ストーリーをもう少しタネ明かしすると、、

息子は同行していた友人と一緒にアメリカ行きのバスに乗った。

だがそのバスはカルテルに襲われ、乗客が次々と殺されていった。

息子は「友人をおまえの手で殺すなら許してやる」という悪魔のような条件を突きつけられ、友人を殺すことを選ぶ。

そしてカルテルに取り込まれた。

 

このあたりの事情説明は、バス襲撃事件に遭遇し、生き延びた老人の回想として語られる。

老人は母親に向かって「息子さんの友人は悪魔によって殺されたんだ」と繰り返す。

たぶん老人は、息子が殺したと知ってはいたものの、母親にそれを伝えるのが忍びなく「悪魔のしわざ」と表現したのだろう。

映画のラストで気づくのは、その「悪魔」の一味になってしまった息子の名前が「Jesús(イエス・キリスト)」であるということ。

メキシコではありふれた名前だけれども、神の息子でさえも悪魔になってしまうメキシコの現実を突きつけられた気がした。

 

いろんな意味ですぐれた映画だった。

これも「ラテンビート映画祭2020」にて。

www.lbff.jp

 

ピノチェト時代の大量殺人事件をテーマにした「十字架」、エクアドル先住民のシャーマンを追った「カナルタ-螺旋状の夢-」の感想はこちら。

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「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ」最近見たラテンアメリカの映画 ①

ラテンアメリカを舞台にした映画を4本見た。

簡単に感想をメモしておこうと思う。

 

最初に言ってしまうと、「息子の面影」(メキシコ)は傑作だった。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ」(ベネズエラ)、「カナルタ -螺旋状の夢-」(エクアドル)は秀作という感じ。

「十字架」(チリ)はちょっと期待はずれだった。

 

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ベネズエラ」(監督:アナベル・ロドリゲス・リオス/2020年)

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ベネズエラのとある村を定点観測したドキュメンタリー。

この村の様子を見ているだけで、ベネズエラに起こっているいろんな問題がわかってきて複雑な気持ちになる。

チャベス派と反チャベス派の住民の対立、石油開発による環境汚染、経済破綻による生活の変化、都市部の役人から見放される田舎の人々、などなど。

 

今月ちょうどベネズエラでは、明らかに公平でない議会選が行われ、マドゥロ大統領ひきいるチャベス派与党が「大勝利」をおさめた。

この映画が記録しているのは野党が大勝した前回(2015年)の議会選の様子。

劣勢と悟ったチャベス派の村長が、「携帯電話や食料を提供するからうちに投票してくれ」と住民たちを買収してまわったり、投票所の前で堂々と票の売買が行われていたりと、ちゃんと選挙が機能していない様子がよくわかる。

 

ほかにも、子供たちが国民食の「アレパ」をつくる場面や、ハイパーインフレのせいで大量の札束で買い物をする場面、美女コンテストやパーティーの場面など、ベネズエラの田舎の日常生活が伝わってきて面白い。

 

なかなか生の声で実情を知ることが難しいベネズエラだが、この映画は1時間半の中にいろんなことが詰まっていて勉強になる。

「ラテンビート映画祭2020」にてオンラインで視聴。

第17回ラテンビート映画祭|LATIN BEAT FILM FESTIVAL 2020

 

「息子の面影」「十字架」「カナルタ -螺旋状の夢-」の感想はこちらからどうぞ。

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