以前、コロンビアに滞在していたときのこと。
ガルシア=マルケスの話をすると、多くの人が『コレラ時代の愛』は読んだ?と聞いてくる。
コロンビアでは『百年の孤独』に次いで人気なのは『コレラの時代の愛』だという。
カリブ海の街カルタヘナが舞台となっている愛の物語だというのも人気の理由だろう。
日本では「ガルシア=マルケスの代表作」を挙げるとき、『百年の孤独』と『族長の秋』の2作が言及されることが多い気がする。
あるいは『予告された殺人の記録』もけっこう人気がある。
そのためコロンビアで『コレラの時代の愛』が非常に人気だと知ったときはちょっと意外な感じがした。
『百年の孤独』は飛び抜けた超代表作だとして、世界的にはガルシア=マルケスの他の代表作は何だと思われているのだろう?
彼の「二大作品」や「三大作品」を選ぶとしたら何になるのだろうか?
と思って少しだけ調べてみた。
『百年の孤独』『大佐に手紙は来ない』『族長の秋』『コレラの時代の愛』が四大傑作?
コロンビアの作家・新聞記者のエクトル・アバッド=ファシオリンセは、雑誌「ユリイカ」の中で次のように評価している。
「ノーベル文学賞受賞の前には、小説分野における少なくとも三つの傑作がある。『大佐に手紙は来ない』『百年の孤独』『族長の秋』である。(中略)ノーベル賞後には、私の見るところ、受賞以前の水準に達している作品はひとつしかない。『コレラの時代の愛』だ。」
(エクトル・アバッド=ファシオリンセ「書く魂」、久野量一訳、「ユリイカ」2014年7月号)
つまり四大作品として『百年の孤独』『大佐に手紙は来ない』『族長の秋』『コレラの時代の愛』を選んでいる。エクトル・アバッド=ファシオリンセは国内外の数々の賞を受賞している書き手なので、信頼できる批評と言っていいだろう。なんとなく評価が高いと思っていた『予告された殺人の記録』が入っていないのは少し意外だった。
ガルシア=マルケス本人は『百年の孤独』『族長の秋』が人生の目標だった
ラテンアメリカ文学研究者の寺尾隆吉さんは著書の中でこのように書いている。
「若くから人生の目標としてきた二作、『百年の孤独』と『族長の秋』の執筆を終えたガルシア・マルケスは、呪縛から解かれたように急速に文学への関心を失い、ジャーナリズムや政治活動に打ち込んだ。」
(寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門』2016年)
つまり、ガルシア=マルケス本人はこれらを自分の中の二大作品とみなしていたようだ。
ちなみにラテンアメリカ文学に詳しい作家のヤマザキマリさんは『百年の孤独』よりも『族長の秋』が好きだと言っていたし(「ユリイカ」2014年7月号)、今回文庫版の解説を書いた筒井康隆さんも『族長の秋』を推しているという。
『族長の秋』は重厚でけっこう読みにくい独裁者小説なのだが、日本では文庫になっているからなのか、熱心な読者が多いようだ。
世界的な選書では『百年の孤独』と『コレラの時代の愛』?
2017年、『百年の孤独』出版から50年を記念して、スペインの出版社がガルシア=マルケス作品の豪華新装版を出版した。
そのときに選ばれたのは『百年の孤独』と『コレラの時代の愛』の2冊だ。
さらに2002年にノルウェー・ブッククラブが選んだ「世界傑作文学100」に入っているのも『百年の孤独』『コレラの時代の愛』の2作である。
Bokklubben World Library - Wikipedia
この選書は世界54か国の100人の作家が選んだ100冊で、海外文学について話すときによく引用されているものだ。かなり信頼できる選書だと思う。
『コレラの時代の愛』は、舞台となったコロンビアだけでなく、世界的にも『百年の孤独』に次ぐ評価がされていると言っていいだろう。
ちなみに『コレラの時代の愛』は2008年にアメリカで映画化もされている。
『百年の孤独』『大佐に手紙は来ない』『予告された殺人の記録』を選ぶ評価も
他の評価も見てみよう。
スペイン紙「エル・ムンド」が選んだ「20世紀のスペイン語作品100冊」に入ってるのは、『百年の孤独』『大佐に手紙は来ない』『予告された殺人の記録』の3冊だ。
Anexo:Lista El Mundo de las 100 mejores novelas en español - Wikipedia, la enciclopedia libre
ここに来てようやく『予告された殺人の記録』が登場。
実はガルシア=マルケス自身も「『予告された殺人の記録』が最高傑作」と言ったことがあるらしい(いま手元にないのだが文庫版のあとがきに書いてあるようだ)。
意外なことに、『族長の秋』は国際的な選書ではあまり名前が出てこない。
簡単なまとめ
ざっと調べただけではあるが、『百年の孤独』以外に世界的に評価が確立されている作品として『コレラの時代の愛』がまず挙げられるだろう。
それに続くのが『大佐に手紙は来ない』と『予告された殺人の記録』。
『族長の秋』は玄人好みで、日本で非常に人気があり、ガルシア=マルケス自身が書きたかった作品、という位置づけだろうか。
もちろん僕が軽く調べた程度なので(しかも手元にある資料がかなり限られているので)間違っているかもしれない。詳しい人に会ったら聞いてみたい。
ちなみに僕がこれまでに読んだガルシア=マルケス作品は、『百年の孤独』『族長の秋』『予告された殺人の記録』『エレンディラ』『落葉』『わが悲しき娼婦たちの思い出』だ。
恥ずかしながら『大佐に手紙は来ない』『コレラの時代の愛』はまだ読めていない。
日本に帰ったらこの未読の2冊を読んで自分なりの評価をしてみたい。